a:5:{s:8:"template";s:3333:" {{ keyword }}

{{ keyword }}

{{ text }}

.

{{ links }} ";s:4:"text";s:20975:"

小学校での英語必修化が話題になり早期英語教育の賛否が問われています。対談では「そもそもなぜ英語を学ばなければならないのか」という原点から英語教育をもう一度考えていきます。

日本では子どもの英語教育に熱心な親御さんが多い。 日本では義務教育で6年間英語を学ぶのに、ほかの国に比べて英語力が低い、なんとかしなければ、という議論をよく耳にする。小学校でももうすぐ英語とプログラミングが必修になるとか。 小学校での英語必修化が話題になり早期英語教育の賛否が問われています。対談では「そもそもなぜ英語を学ばなければならないのか」という原点から英語教育をもう一度考えていきます。 宮崎:日本の英語教育というと「文法ばかり教えているから日本人は英語を話せるようにならない」とよく言われますが、実はその指摘を受け20年ほど前から「コミュニケーション重視」の英語教育へと変化しています。けれども私達が実際に学校で受けた英語の授業はやはり文法中心だったように思います。学習指導要領と現場との乖離があるのではないでしょうか。鳥飼:なるほど、ちなみにどんな高校に通っていましたか?宮崎:公立の普通科高校です。鳥飼:学習指導要領と現場との乖離は実際にあります。ただその実態を文部科学省も知らない訳ではありません。今年から施行された新しい学習指導要領では「英語の授業は基本的に英語で行うように」と明記されています。理由は日本語で教えているから文法中心になってしまうということのようです。これに対し進学校からは「そんなことをしていたら大学に受からない」、いわゆる底辺校からは「日本語でも生徒が理解できていないのにどうやって英語で教えるんだ」という反発があり、文科省は「最終的な判断は現場に任せる」としています。宮崎:そうだったのですね。鳥飼:ここで重要なのは「文法を中心とする英語教育は間違っているのか」ということです。現時点の文科省の判断では間違っているということになるのですが、では「本当に文法は必要ないのか」ということをみなさんに考えてもらいたいです。鳥飼:コミュニケーションは、聞いて話すことだけではなく、読むことや書くことも重要です。メールやブログ、SNSも同じで日本語だけで書いているうちは狭い世界のままです。英語を用いて情報収集して読み、すぐに理解するとなると相当な文法力と語彙力が必要になります。さらに自分の考えを英語で書いたりするとなれば尚更です。たしかに三人称単数の”s”が抜けても会話は通じます。でも教える時にはきちんと説明せざるを得ないのですよ。それに現在みなさんが中高合わせて習った語彙は3000語程度、これは戦前から徐々に減った結果で決して多くはないのです。仕事で使う英語には8000語程度は必要です。飯田:英語教育がうまく立ち行かない理由の一つとして「教育の大衆化」があるのではないかと思います。戦前に高校で教育を受けられたのは超エリートだったはずで、レベルの高い教育内容は英語に限った話ではありません。現在は98パーセントの人が高校で教育をうけるようになり、上位校から底辺校まである中でどのような英語を教えていけばいいのでしょうか。鳥飼:鋭い指摘ですね。明治期は学ぶ人たち自身が日本を近代国家にしなければいけないという、若者の気概がありました。それを今の若者たち全員に求めろというのは難しい話です。一昔前まではある程度余裕のある家庭しか子どもを大学に行かせられませんでしたが、今は親も大学までは卒業させようと考えるようになっています。そのような状況で中高の英語教育をどうするのかというのはよく考えなければならない問題です。飯田:もしかしたら、文法の項目を学校のレベルごとで選択していく、あるいは学校の先生がレベルごとに教え方を工夫する必要があるのではないでしょうか。鳥飼:順序をつけてしまうのは簡単なことです。以前から一部の研究者・政府関係者の間でそのような話が出たことはあります。全員が英語を学ぶのは不可能だと考え、将来必要だろうという人のみ教育する方法です。国民の5パーセントだけ英語ができればいいのだから95パーセントは必要ないという考えもあります。けれどそれも上手く行かない。親としては誰だって自分の子どもは5パーセントに入れる、入るべきだと思うものなので、実施できません。もう一つは、子どもの英語能力は中・高校生辺りではまだ分からないという点です。子どもたちは自分では気づかないけれどものすごい可能性をたくさん持っています。中高校生の成績を基に5パーセントから外してしまって本当にいいのでしょうか。私は反対です。子どもの可能性を奪う権利を誰が持っているのでしょうか。平等に同じレベルの良い教育を受け、その結果として自分の才能を開花させるのです。 宮崎:小学校という義務教育期間の中で英語が加えられたということは、国民の最低限の基礎学力の中に英語という要素が必要ということですか?鳥飼:小学校では全く必要ないと思います。小学校で培うべきは英語の基礎ではなく人間としての基礎です。小学生は一日中学校にいて、友達と喧嘩をして仲直りをしたりしながら社会性を身につけて行くのです。自分の正しさを言葉で説得しようとしたら思わぬ言葉で相手が傷ついてしまった、その関係を修復するのもやはり言葉であり、そういったことが小学校で学ばなければならないことなのです。体験を通して言葉の持つ力を理屈ではなく感性で覚えることが大事です。そういう観点から考えると、小学校で英語を教えている場合ではないと思います。そんな時間があるなら子ども達を一時間でも多く遊ばせるべきだと思いますし、現在の公立小学校では英語を専門として教えられる人材がいないので無理に小学校で教える必要はないです。外国語を始めるのは、ある程度認知能力が発達して母語の力もついてきた中学生の時期にするべきです。宮崎:鳥飼さんは、外国語教育が必ずしも英語教育である必要はないとお考えですか?鳥飼:英語である必要はまったくありません。外国語というのは異文化理解に繋がるのですが「異文化を理解する」というのは大変なことです。日本人同士の中にも男女の違いや年代の違いによる異文化はありますよね。言葉が違うともっと理解することが難しくなります。逆に言語を学ぶことで異なった世界を知ることができるのです。一つ一つの言語はそれぞれ違う世界を持っているので、英語に限らず中学校からもっと多くの言語を学ぶべきだと思っています。地方都市の中には外国の人達がたくさん住んでいて、その町では外国語がいき交っているところも結構あるのですよ。飯田:私は愛知県出身なのですが、団地の看板にポルトガル語で「とびだすな!」と書いてあるところもあります。そうでないとブラジル人の子どもが読めないので。鳥飼:地域の現状はそうなっているのに、「全小学校で英語を必修化します」と言っているのです。町でばったり会う外国の人は日本語も英語も分からないブラジル人という可能性があるのです。なぜ地域の現実に目をつぶってポルトガル語ではなく英語ばかりを教えるのか、その点がおかしいと思います。ただ、今は国際共通語として「最初は英語」という流れなので中学、高校でしっかり英語を身につけることは良いと思います。ですが、大学に入ったらぜひもう一つの外国語を学んで欲しいです。世界に出たら英語ができることは当たり前です。まず大事なのは中身。「自分の専門は~で、言語は英語と~語を話します」と言えるようになって欲しいですね。鳥飼:本当はそうなのですよね。以前、会津若松へ行った時、現地の中学生が「英語は外国に行きたい人がやればいい。ぼくたちは会津若松にいるからいらん!」と口を揃えて言いました。確かに、日本は独立国家であり、日本語をみんなが共有していて、日本で生きている限り英語は必要ないです。日本人が英語を苦手とする理由は、英語ができる必要がないからです。英語教育を義務化する必要はなく、自由に選ばせるべきだと思います。けれども現実問題として、今の中学生は学校で英語を学ばなければならない環境にいます。それもまた事実です。そこで中学生には、「英語を勉強する必要はないという気持ちはよく分かる。けれど将来いつどんな時に英語を話せたらいいなと思うかは分からない」と伝えました。中・高校生ではまだ先が読めないので「外国へは行かない。ずっと日本で暮らすんだ。」と思うかもしれませんが、仕事の関係で急にアメリカへ転勤になったり、上司が外国人になったりするかも知れません。そういう時に英語の基礎を少しでも知っていると全然違うんですよ。それではなぜ主要科目の中に英語が入っているかというと、学んでおくと後が楽だからです。他の専門科目と比べても英語は、どの分野へ進もうと、必要になる可能性が高いです。 飯田:私も親の仕事の都合で突然海外に行くことになったので、将来必要になる可能性が高い科目ということは分かります。それに加え、「英語ができなければならない」という日本人独特の脅迫観念があるのではないかとも思っています。鳥飼:それはものすごくありますね。私も「英語なんて全員ができなくてもいい。英語ができなくても有意義な人生は送れるし、必要になったら通訳者を依頼すればいい。」と思っています。ただ、言葉を学ぶことは他の科目と違って知識を得ることではなく、違った世界観を知るということなのです。異文化というのは、世界観が違う、価値観が違う、モノの考え方が違うということであり、それは違う言語を学ぶと分かってくるのです。ヨーロッパは色々な国をEUとしてまとめていますけど、世界観がそれぞれ違うことを認めていて、言語と文化を統一しようとはしていません。異文化理解教育として、言語学習ではなく異文化を体験するための留学をEU内で推奨しています。現在日本がやっているように数週間、語学研修で高校生を海外に送っても意味はないと思います。最低一年間、実際に異国の地に住んでみて「なんだ、この国は!」と怒ったり悲しくなったりする気持ちを抑えながら違いに気付き、その違いを超えられないことが分かると、そこでお互いが譲り合うために言語が必要となるのです。そうしないと世界は戦争をしてしまいます。飯田:学校で学ぶ外国語(英語)の授業で、異文化理解はどこまで可能なのでしょうか。鳥飼:現時点では国際共通語としての英語に限って教える方が無難だと思っています。そうでなければ、世界はアメリカがすべて、のようになってしまう。それは異文化理解だとは思いません。外国語を学ぶということは自分の世界を客観視するということです。モノリンガルの弱さは、日本語と日本人の考え方が世界の常識だと勘違いしてしまうことで、そこを打ち破らないと日本人は狭い世界で生きていかざるを得なくなってしまいます。鳥飼:中学生にはなかなか難しいので、そこを気付かせるのが教師の役割です。この気づきは生徒のやる気にも影響すると思っています。 出井:英語に興味を持つきっかけは人によって違うと思います。街で外国人に話しかけられたり、好きな歌手だったり、留学がきっかけになることもあると思いますが、そのようなきっかけを現場でもっと増やせないものか、と思いますが。飯田:オーストラリアでも現地の学校に日本の学生がよく来ていました。けれど期間の問題以上に本人の意思が重要な気がします。鳥飼:その通りです。英語教育では「動機づけ(モチベーション)」というのですが、意欲喚起は最も重要で難しいものです。多くの学者・現場の教員が模索しているのですが、頑張りなさい、と言われても意欲喚起にはならないし、動機付けにもなりません。言葉だけで生徒のやる気を引き出すことは難しいのです。言語教育の研究で言われている事は「言語学習は生涯続く」ということ。学校教育が終わっても生涯学ぶのが言語であるとすると、教師の役割は「学習者の自律性(autonomy)」を育成することになります。出井:逆に言うと教師のレベルアップ、教え方の工夫が問われるということですね。子ども達に与える教育を変えることばかりが頭にあったのですが、先生側を変えるのが近道なのかとも思えてきました。宮崎:教師一人を育てるということは何十年後までの何百人の生徒を育てることと同じですからね。鳥飼:教員養成がなにより大事です。中でも英語科教育法は今すぐに改善すべきだと思います。英語教員再研修でTOEIC講座を受けさせても何も変わりません。英語の先生が英語力をつけるのは当然ですが、それよりも、英語をどのように教えるか、ということが重要です。生徒の疑問を上手にすくい出して、日本語と関連づけて説明できる先生が、生徒の興味を引き出すことができると思います。山中:英語に限らず、どんな先生に教わるかで好きになる教科も変わってきますよね。鳥飼:子どもたちの学習意欲を活かせるかどうかは教師の力量にかかっています。出井:「指導力」は目に見えませんが、基準や制度として設けることは可能でしょうか。鳥飼:子どもの成長はテストのように点数で表せないので難しいですよね。いい先生と出会った子ども達も「先生とはこういうものだ」と思っていますから。私が指導した大学院生が動機づけの研究をしたことがあります。英語を使う道へ進んだ卒業生には「中学・高校での英語の先生のどのような部分に影響されたか」という質問を、そして先生たちにも「どんなところが良い影響を与えたと思うか」それぞれインタビューしました。回答を比べると卒業生と先生の回答は全く違って、先生も「あんなことが!?」と驚いていました。つまり、教師の何気ない一言が子どもたちの将来に影響することもあるんです。教師の人間としての魅力と、どれだけ子ども達に愛情を持っているかということではないでしょうか。宮崎:では最後に鳥飼さんの理想の言語教育をお聞きしたいと思います。鳥飼:私の理想は、小学校では最低限の教科だけにして、いっぱい遊ばせるんですよ。ただし、日本の学校のようにチームの大切さや友達と仲良くなんてことばかりうるさく言うのではなく、個性を尊重して、自由に喋らせる。先生に対して反対意見があったら好きなように言わせる。友達と山中:すごい自由主義ですね。アメリカの※サドベリースクールのような。鳥飼:日本は社会の規制が強すぎるから、あえて言うのですよ。和を保つということが社会の規範として強いので、目上には従うってことになっていて、それは良い面もあるのですが、世界に出て行った時に太刀打ちできなくなるんですよね。宮崎:自分たちの権利を主張しないことなどですか。鳥飼:それもあります。主張すべきことを主張しなければグローバル社会では損をしてしまうので。そして中学校でも外国語を含めた最低限の教科でいいから、基礎をがっちりやるべきだと思います。中学で難しければ高校や大学になったら、英語だけでなくアジアの言語を複数用意して選択の余地をつくる。高校の入試で英語を課すこともしない、「受験のために英語をやれ!」と子ども達を追い詰めたくないです。教員養成が重要と言いましたが「人間的に魅力のある教員」を育てるのはやはり難しいことです。だから子ども達にはどんな先生に当たっても負けない力を身につけて欲しいです。 鳥飼氏(中央)と学生メンバー◆関東事務所Copyright © NPO法人日本教育再興連盟(ROJE) All Rights Reserved.Powered by

アメリカ、イギリスの学生は英語を勉強しなくていいという事実wwwwwwwwwwwwwwww ... 日本人からノーベル賞出ても韓国人から出ないのは韓国では大学以上の理系教育は英語でやるから説ある …

第一線の専門家たちがニッポンに「なぜ?」を問いかける近頃は子どもを「バイリンガル」に育てたいと英語教育に力を入れる親御さんが増え、幼い子が流暢な英語を口にするという光景も目にするようになりました。しかし、無料メルマガ『日本では子どもの英語教育に熱心な親御さんが多い。日本では私は英語教育についてはまったくの門外漢でしかないが、大人になってから英語をなんとかかんとか身につけ、英語圏で生活して、英語と日本語の環境で子育てをした立場で、つまり日本の英語教育については完全に外から眺める立場で、思うことをちょっと書いてみる。英語教育の現場に立っていらっしゃる方から見るとピントが外れていたり、何をいまさらと思われるかもしれないが、部外者の勝手な感想だと思ってスルーしていただければ幸甚である。日本の、特に日本の人は芸事が好きで、特に試験とレベル分けが好きだ。お茶でもお花でもスポーツでも書道でも将棋でも、級や段が細かく分かれていて、もちろん、レベル分けそのものが馬鹿げているなんていうつもりはない。自分のスキルを一般的な基準に照らしてチェックするのは必要なことだと思うし、やる気にもつながる。でも、もちろん言語はスキルには違いないのだけど、同時にそのことが、英語教育の議論では 1日のニュースがまとめて読める。まぐまぐニュース!の登録はこちらから持っているアカウントで登録facebookで登録Yahoo!で登録

";s:7:"keyword";s:21:"英語 教育 なんJ";s:5:"links";s:9133:"知らなくていいこと 見逃し 最終回, 相葉雅紀 Cm 一覧, 化粧品 メーカー 数, 選抜高校野球 2020 21世紀枠, コストコ 犬 ベッド イタホイ, 安全地帯 マスカレード MP3, クルクミン 認知症 論文, ワイルドエリア 霧 殿堂入り, 結婚式 1ヶ月前 キャンセル, 死役所 12巻 おててつないで, ジヘッド 育成論 剣盾, 政治家 字 なんJ, 東京 越後湯沢 新幹線 格安, りょりょ Bo2 削除, ウィッチャー3 アビリティ セット, キルラキル Bgm Don't, 奨学金 返済 贈与税, KID In TRAP ISLAND レンタル, 馬 ゲート なぜ 走る, 巨人 西武 日本シリーズ 2002, 目黒記念 2018 結果, 気象衛星ひまわり 1号 打ち上げ 場所, Assure Guarantee 違い, 桜美林大学 芸術文化学群 倍率, ロンリーロンリー 歌詞 Produce48, Mhw 弓装備 ドラケン, 検閲 メリット デメリット, マイクラ 湖 魚, 涼宮ハルヒの消失 時 系列, コンビニ 用語 フェイス, 飯豊 まりえ 笑顔, ポケモン剣盾 構築記事 S5, 射撃 子供 習い事, バイオレット パープル 違い ヘアカラー, 源田 エラー 多い, ドラえもん 着ぐるみ レンタル, Final Phase フル, ダウンコート クリーニング 料金, BELIEVE YOURSELF ジオウ, ペットボトル プロペラ 作り方, 小学生 好きな人にとる態度 男子, トレパン マン ヨドバシ, ポケモン アルバム 写真, Tend To 名詞, 北の達人コーポレーション 商品 口コミ, 謎解きはディナーのあとで ドラマ 恋愛, 循環器 専門医 ブログ, 平井 1億 なんJ, ポケモン ピカチュウ版 お金 稼ぎ, ";s:7:"expired";i:-1;}